これまでのあゆみ

演奏会詳細

プロムナードコンサート 2007年 春

日時 2007年2月12日(月・祝) 14:00開演
会場 セシオン杉並
曲目 グリーグ/ホルベルク組曲 作品40
R.シュトラウス/13管楽器のための組曲 作品4
モーツァルト/交響曲第41番 ハ長調 KV551 「ジュピター」
アンコール:モーツァルト/セレナード第13番 ト長調 KV525
      「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」より第3楽章

曲目解説

グリーグ/ホルベルク組曲 作品40< br /> 2006年はモーツァルト生誕250年のメモリアルでした。国内でも多くのモーツァルト作品が音楽界を賑わしたことは記憶に新しいところです。
さて、この『ホルベルク組曲』(組曲『ホルベアの時代から』)もメモリアル・イヤーに由来しています。1884年、ノルウェーはベルゲン出身の作家ルズヴィ・ホルベアの生誕200年祭にあたり、同郷の作曲家エドヴァルド・グリーグが独奏ピアノのためにこの作品を書いたのでした。
グリーグは、生涯を通してノルウェーの自然や風俗を音楽で描き、「国民楽派」と呼ばれました。『ホルベルク組曲』はそうした作風を反映し、北欧の自然を想わせる歌心と親密な温かさを備えた音楽といえるでしょう。
作品は作曲者自身の編曲による弦楽5部合奏で演奏されます。副題に"古い形式による組曲"と記され、ホルベアが生きた時代の音楽形式(バロック)に基づく5楽章からなります。
1.前奏曲:終始アレグロ・ヴィヴァーチェで疾走する開放感にあふれます。単独でも演奏されるポピュラーな作品です。2.サラバンド:3拍子のゆったりとした舞曲。優美な旋律がソロと合奏で歌い継がれます。3.ガヴォットとミュゼット:フランスの地方を起源とする生き生きとした舞曲。4.アリア:"宗教的"にという指示表記があり、悲哀に満ちた旋律が奏されます。5.リゴードン:ソロ楽器で始まるアレグロと感傷的なトリオを経て、再びアレグロが現れ軽快に曲を終えます。
ところで、2007年はグリーグ没後100年のメモリアル・イヤーです。本日会場にお越しの皆様とグリーグの魅力を共有できましたならば、記念の年にふさわしく喜ばしい限りです。(チェロ・S)

R.シュトラウス/13管楽器のための組曲 作品4
リヒャルトの父フランツはミュンヘンの名ホルン奏者でした。反ワーグナー派ではありましたが、演奏面においてはワーグナーも認めざるを得ず、各「楽劇」の初演には彼にホルンの独奏パートを任せたのでした。フランツの楽曲を残していて、「夜想曲」などは現在でも頻繁に演奏されています。そんな父により保守的な音楽教育を厳格に施されたリヒャルトは、初期の作品「13管楽器のためのセレナード」で楽壇の重鎮ビューロー(指揮者で当時既にワーグナー派からブラームス派へ鞍がえ)に認められ、彼の影響のもと1884年に「組曲」を完成させました。この頃の他の音楽家は、ブラームスが第4交響曲、ブルックナーが第8 交響曲、マーラーが「巨人」を作曲しています。保守と革新のせめぎあいの様相を呈していますね。リヒャルトは晩年にも管楽合奏曲「ソナチネ」を作曲していますが、こちらに比べて「組曲」はブラームス達のロマン的古典主義を面白いまでに反映しています。親父の教えは絶対ですか?彼は「組曲」作曲後アレクサンダー・リッターというヴァイオリン奏者(ワーグナー派)に出会うのですが、それ以降は既に他界したワーグナーの影響を受け作風が大きく変化していきます。まずは交響詩で、次いでオペラで名声をぶわっと高めていくのです。一つの出会いが一人の人間の歴史を大きく変えていったのでした。
「組曲」は「さぁ始まるゾ」という躍動感を表すかのような前奏曲、各楽器によりしっとりを歌い上げられるロマンス、力強いハーモニーが心地よいガヴォット、先のロマンスで採り上げたあげくにより導入されるバロック的なフーガ(奏者にとってはアンサンブル崩壊の恐れに薄氷を踏む思いをする曲)の4曲で構成されています。木管楽器の煌びやかな用法や盛り上がりの頂点でお約束のホルン斉奏などリヒャルトらしい部分も多々垣間みられます。(ホルン・M)

モーツァルト/交響曲第41番 ハ長調 KV551 「ジュピター」
モーツァルトの時代、音楽家は今で言う"芸術家"ではありませんでした。作曲した作品や演奏を売って生計を立てる"職人"と言う方がぴったりで、モーツァルトももちろん、ほとんどの作品が誰かしらの求めに応じ希望された要素で作曲されたもの。ベートーヴェンのように自らの創作意欲に基づき自分の思想や信念を表すために芸術として音楽を創る、なんて思いもよらなかったのでは。
"芸術"としてではなく商品として当時の流行や思考を濃厚に反映して生み出された音楽でありながら、時を超え現在に至っても人々に"芸術"として愛され続ける。それはモーツァルトの天才の故か、聴く側の私たちが"芸術"として価値を与え続けてきた故か。
35歳の若さで没したとは言え、四半世紀を越えて作曲活動を行ったモーツァルト最後の交響曲となった「ジュピター」。曲を聴いた誰かが付けた愛称ですが、ローマ神話の最高紙のこと。特に第4楽章、神々しい何かが降りてくるような輝かしさはまさに「ジュピター」。一方でオペラに最も意味を見出していたモーツァルトらしく、アリア風の旋律もそこかしこに。激しい3つの「ド」の音と対照的に柔らかな旋律による第1主題でいきなり始まる第1楽章、優美な旋律ながら厳しい感情(短調)にも揺れ動く第2楽章、モーツァルト好みの半音階的旋律が特徴的な、往時の舞踏会を偲ばせる第3楽章、ジュピター音階と呼ばれる冒頭の「ドーレーファーミー」を始めとして特徴的な動機を幾つも登場させ、最後のフーガ(正確にはフーガではないけど)でそれらを神殿を打ち建てるかのように重ねてゆく第4楽章。昨年の生誕250年で「モーツァルトは聴き飽きた」という方もいらっしゃるかも知れませんが、1曲お付き合いください。願わくば「ジュピター」がここに降臨せんことを。(ファゴット・A)

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